日英放射線医学協会発足の経緯とその趣意
東京慈恵会医科大学 放射線科 関谷透
日英放射線医学協会(Anglo-Japanese Radiological association:AJRA)の設立は、1989年9月、Sheffield大学のProf. R. G. Grainger(当時)が、造影剤のシンポジウムで来日された折り、私との間で交わされた会話が発端となりました。英国で3年余り働いたことのある私にとって、日米・日独・日仏・日北欧・日韓等の各放射線協会が、当時既に開催されていたにも拘わらず日英間の交流が無かったことが、日本の放射線学会の活動に何か小さな欠損でもあるかのように感じておりました。このことをGrainger教授に申し上げたところ、是非同協会を設立しようとの返事を頂きました。また、これまで日英両国間の放射線関係の交流は余り盛んではなかったことも指摘されました。同教授が帰国されたら、英国放射線学会の重鎮 Manchester大学の Prof. I. Isherwood(当時)に伝言しておくので、成功させて欲しいとのことでした。
2〜3回、手紙を交換した後、私が1990年6月の英国放射線学会に出席した折り、Royal Marsden Hospital のProf. V. R. McCready(当時)と同協会の設立を話し合い、発足の具体案が提示されました。日英両国の放射線医学の発展に寄与し、両国間の友好を更に深めるために同協会を設立したい。その活動は、最初、お互いに余り負担のかからないように、両国の既存の学会あるいは研究会に、年に二人程演者を招待する。次の段階として、若い医師の3〜6ヶ月の大学もしくは研究所への訪問を考慮する、という内容のものでした。私は、British Council Japan AssociationのCommittee memberになっておりましたので、British Council(BC)東京支部の代表者であるMr. Barnet(当時)に相談し、もし日英放射線医学協会が発足したら、BCを通して訪問する大学等の決定や医療行為の可能性等の面で支援して頂けるか否か相談したところ、出来るだけの協力をする用意があるとのことでした。しかし、これは、その後、英国政府のBCに対する運営方針の変更のため実現しませんでした。経済的な面では、当時の状態で英国側に大きな期待をするのは困難と思われましたので、日本側の複数の企業に支援して頂き、あくまでも、協会主体で運営していきたいと意見が一致しました。
具体的な活動は、'92年の英国放射線学会で筑波大学板井悠二教授(当時)が招待講演をされたことに始まります。'93年には順天堂大学片山 仁教授(当時)、'94年には熊本大学高橋睦正教授(当時)、'95年には慶応大学平松京一教授(当時)と癌研病院山下 孝部長(現副院長)、'96年には慈恵医大多田信平教授(当時)と杏林大学蜂屋順一教授(当時)、'97年には東邦大学平松慶博教授(当時)が同学会で招待講演をされました。その後この活動は、高橋睦正教授の元で、日本医学放射線学会と英国王立放射線専門医会との正式な交流に発展し、現在では東京大学大友 邦教授・京都大学富樫かおり教授・慈恵医大福田国彦教授に引き継がれています。
日英の放射線科医が更に交流を深め、互いに世界の放射線医学の発展に寄与できますよう、今後とも、日英放射線医学協会へのご支援を宜しくお願い申し上げます。
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